大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所宮津支部 昭和29年(ワ)34号 判決

原告 小沢ハツ子

被告 田嶋勇作

主文

被告は、原告に、金二七四、七一九円と昭和二九年七月八日から完済となるまでの年五分の金額とを支払うべきである。原告の請求する残りの部分は棄却する。

訴訟の費用は、内金二四五円を原告の負担とし、残りの部分を被告の負担とする。

本判決は、原告の勝つた部分にかぎり、仮執行することができる。

理由

(申立)

(一)  原告のがわでは、「被告は、原告に、金二八八、〇一九円と昭和二九年七月八日から完済にいたるまでの年五分の金員を支払うべきである。訴訟の費用は被告の負担とする。」との判決を求め。これに仮執行することができるとの宣言をも求めた。(原告においては、はじめ、「被告は、原告に、金三〇九、九六〇円と昭和二九年七月八日から完済にいたるまでの年五分の金員を支払わなければならない。」との判決を求めていたのを上記のように変更したのである。)

(二)  被告のがわでは、これに対し「原告の請求を棄却する。訴訟の費用は原告の負担とする。」との判決を求めるとともに、かような裁判の得られないときのため、保証を条件に仮執行をまぬがれることができるとの宣言をも求めた。

(主張)

原告のがわでは、

(三) 原告の夫であつた亡小沢半三郎は、昭和二七年四月一七日いらい、被告が、かねて京都府与謝郡加説町字香河小字奥寺谷三九二番地の山林二畝七歩外八筆で、事業主として、松杉桧の立木一、〇〇〇石ないがいを買入れ伐採していたのに(労働基準法第八条第六号の事業にあたる。)それの伐木の残り八〇〇石ばかりを同上の山林から二粁ぐらい西方にある同字一六一番地先の土場まで搬出する作業のため、「きんまひき」として使用せられ、いわゆる出石当り(同業者の間で搬出を終つた伐木の材積につき一石を単位にとることをいう。)金二二五円の割合による賃金すなわち出来高払の賃金を得ていたのであつたが、同年六月一八日のこと、いつものごとく、「きんま」に伐木を積み土場にむけ搬出しているうち、とつぜん「きんま」道からころがりおち、ずがい骨を割るという業務上の災害にあい、即時に死亡したため、原告の手で葬式をなし、ひきつづき祭祀をつかさどらざるを得なくなつたのである。

(四) 原告は、かくて、事業主である被告に対し、亡小沢半三郎の遺族ならびに葬祭を行うものとして、同人の平均賃金の一〇〇〇日分に相当する遺族補償と同じく六〇日分に相当する葬祭料の支払を求め得ることとなつたのであるが、ここに平均賃金を算定すべき期間は、同人が労務に服した初日から死亡するまでの日数が三ケ月に満たないうえ、賃金は毎月一五日と末日とに締切り即時に支払われていたため、同上の初日から死亡の三日前にあたる最終の締切りの日までの六〇日間を基準とし、これからなお同人が業務上足部に負傷して療養し休業した三七日目から五六日目までの二〇日間を引いた四〇日間であるべきこと、および賃金の総額は同人がさような四〇日間に搬出した材積の九二石四斗七升に約定の金二二五円を乗じた金二〇、八〇五円七五銭であるべきことから算出すると、問題の平均賃金の額は金五二〇円一四銭(厘位以下は切捨てる。)であるとしなければならないゆえ、結局、被告に対し、遺族補償としての金五二〇、一四〇円と葬祭料としての金三一、二〇八円とを合算した金五五一、三四八円の支払を求め得ることとなつたのである。(労働基準法第一二条によれば、平均賃金は、労働者が出来高払の賃金をえらんだ場合に、初日から三ケ月に満たないでこれを算定すべき事由の生じたときは、当人に業務上の負傷にもとずく療養のため休業した日数があればこれを引いた期間に支払われた賃金の総額を期間の総日数で除した金額と、賃金の総額を実働の総日数で除した金額の一〇〇分の六〇に相当するものとのうち、多額なほうによるべきものとしているところ、亡小沢半三郎の平均賃金は、前者にしたがつて算出しても、後者にしたがつて算定しても、同じく金五二〇円一四銭となるのである。)

(五) 被告は、しかるに、昭和二七年一二月一二日任意に遺族補償として金五〇、〇〇〇円を支払い、又昭和二八年三月一三日葬祭料として金一三、六〇九円を支払つたほかは(被告からは、同日、金二〇、〇〇〇円が支払われたのであるけれども、原告のほうでは、当時上述の休業した期間に対する法定補償として金一六、三九一円の支払を求め得たので、まずこれの支払にひきあてた残りの一三、六〇九円を葬祭料の支払にふりむけたのである。)原告が京都地方裁判所宮津支部に訴を起した同庁の昭和二八年(ワ)第二三号遺族補償請求事件の執行力ある判決の正本にもとずく執行により昭和二九年三月一六日遺族補償のうちえ金一九九、七二〇円を弁済しただけである。

(六) 原告は、そこで、被告に対し、遺族補償の残りである金二七〇、四二〇円と葬祭料の残りである金一七、五九九円を合算した金二八八、〇一九円の支払を求めるにあわせ、同金額に対する昭和二九年七月八日すなわち被告に訴状のとどいた次日いこう完済となるまでの年五分の損害の支払を求めるわけである。

と主張した。

被告のがわでは、これに対し、

(七) 原告の(三)で主張することのうち、原告のいうとおりの身分を有する亡小沢半三郎が主張のような労働に従いはじめた日時よりもいぜんに、被告が主張の山林で事業主として主張の立木一、〇〇〇石ないがいを買入れ伐採したことがあること、同人が主張の日時いらい上記の山林で使用者の被告であることを除き主張の伐木を搬出する作業のため「きんまひき」として働き、主張のような出来高払の賃金を得ていたものの、主張の日時に主張のような業務上の災害のため死亡するにいたつたことと、原告が主張のとおり同人の葬送をなし祭祀をつかさどるものであることは認めるけれども、そのよのことはすべて認めることができない。

被告においては、主張のごとく亡小沢半三郎が前述の労務者となつた初日から二五日もさかのぼる昭和二七年三月二三日かぎり、主張の伐木八〇〇石ばかりを搬出する作業だけを残す現況で、ひきつづき事業主として作業を行うことをやめ、山上宗一、山上筆太郎の両名に、残りの作業いつさいを、次のような約旨、すなわち、被告のがわから出石当り金三五〇円の対価を支払い伐木のボサ払に要する費用として金一〇、〇〇〇円を加算するいがいは損益とも両名の計算に帰すべき約旨で請負わせていたのであるから、それいごはこれらの両名が事業主となつたものというべく、亡小沢半三郎を労務者として使用したものが、被告ではなくて、これらの両名であることはめいりようである。

(八) 同じく(四)で主張することのうち、原告が亡小沢半三郎の遺族で葬祭を行うものであることのみは争わないけれども、そのたのことはすべて認めるわけにゆかない。

仮に、原告の主張するとおり、被告に問題の遺族補償と葬祭料を支払うべき義務があるとしても、それの数額は争う。

そもそも、亡小沢半三郎が主張の四〇日間に得た賃金の総額は、同期間に搬出した材積の九一石四斗七升に主張の金二二五円を乗じた金二〇、五八〇円七五銭であるべきところ、同人が主張のような労務に服するについては、これに欠くことのできない器具である「きんま」と附属の資材に要する費用をみずから負担することとなつていたのに、同人は全期間を通じさような費用として金一〇、四一三円七五銭を支出しているため、賃金の総額からこれを除いた残りの金一〇、一六七円を基準としなければならなく、さすれば、同人の平均賃金の額は金二五四円一七銭となるべきものであるがゆえに、被告からは、遺族補償として金二五四、一七〇円に葬祭料として金一五、二五〇円を合算し、双方で金二六九、四二〇円を支払いさえすればよいわけである。(亡小沢半三郎は、上記の四〇日間に、賃金の総額に相当する金二〇、五八〇円七五銭を得たとともに、「きんま」五台をこわして金六、五〇〇円「きんま」五台の金具を失つて金二、五〇〇円、モビール油を費つて金一、四一三円七五銭を減じているから、実質の賃金の額は金一〇、一六七円であるところ、これを期間の総日数で除したものも、実働の総日数で除し一〇〇分の六〇を乗じたものも、同じく金二五四円一七銭となるため、亡小沢半三郎の平均賃金は上記の額であるとしなければならないのである。)

(九) 同じく(五)で主張することのうち、被告が主張のごとく何回かに遺族補償と葬祭料を支払つたことはそのとおりであるけれども、それらの金額は主張のごとくではないし、またそれらの支払いは一部ではあるが趣旨を異にしているのである。

被告においては、前段の遺族補償として、主張の金五〇、〇〇〇円と一九九、七二〇円のほか、昭和二八年三月一三日に金二〇、〇〇〇円を支払い、また後段の葬祭料として、主張の葬祭のぜんごに金一〇、〇〇〇円と四、三〇〇円を支払つているのみか、上記の金一九九、七二〇円分以外はいずれも山上宗一、山上筆太郎の両名が事業主として支払うべきものを被告から代払したに過ぎないものなのである。

(一〇) 同じく(六)で主張することは全く認めることができない。

仮に、もし、原告のいうがごとく、被告から上掲の遺族補償と葬祭料を支払わなければならないとしても、これの数額は前前段に論じたとおり金二六九、四二〇円でなければならないのに、前段で示したとおりこれをこえる金額が授受せられ被告がさきに代払した分も弁済としての効力を有しているから、被告にはもはや原告の求めるような金額を支払うべき義務はないのである。

と答弁した。

原告のがわでは、さらに、これに対し、

(一一) 被告の(七)で明かにしたことのうち、主張の伐木を搬出する作業が、あたかも主張の請負にもとずき、山上宗一、山上筆太郎の両名を事業主として行われ、亡小沢半三郎がこれらのものの労務者として使用せられていたかのように主張するところは、認めることができないこともちろんである。

(一二) 同じく(八)で明かにしたことのうち、亡小沢半三郎が主張の労務に従うにつき主張のような費用をみずから負担すべきことを特約していたことは、まちがいないけれども、賃金の総額からこれを除くべきものとすることと、同人が主張の期間に搬出した材積が九一石四斗七升しかなかつたようにいいなすのとは、これまた認めることができない。

仮に、被告のいうとおり、同人の得た賃金の総額から主張のような費用を引かなければならないものとするも、それの数額は争う、(亡小沢半三郎が主張の四〇日間に実働したのは、二四日間でしかなく、「きんま」をこわしたり、金具を失つたりしたことがあつても、被告のいう数量の五分の一までにとどまつているはずである。)

(一三) 同じく(九)で明かにしたことのうち、原告が主張の日時に金二〇、〇〇〇円と九、〇〇〇円を受取つたことのみは認めるけれども、前者の金二〇、〇〇〇円の遺族補償として授受せられたものでないことは前述したとおりで、後者の金九、〇〇〇円は法定の葬祭料であることを示して交付せられたものではないし、残りのことからは認めるわけにゆかない。

と附加した。

(証拠)

(一四)~(一七) 〈省略〉

(判定)

(一八) 原告の(三)で主張することはどうか。

原告の夫であつた亡小沢半三郎が、主張のとおり昭和二七年四月一七日いらい、被告がこれよりいぜんに事業主として松杉桧の立木一、〇〇〇石ないがいを買入れ伐採したことのある主張の山林で、使用者がだれになるかは別とし、同上の伐木の残り八〇〇石ばかりを搬出する作業のため「きんまひき」として労務にしたがい、主張のような出来高払の賃金を得ていたのであつたが、同年六月一八日はからずも主張のような業務上の災害にあい死亡するにいたつたことと、原告が主張のとおり同人の葬送をなしかつ祭祀をつかさどるものであることは、双方の間に争をみないところである。

よつて、問題の使用者はだれであるかを検してみるに、それは、ここでは、ただちに、遺族補償又は葬祭料を支払うべきものをみつけだすことに関連するから、使用者であるかないかは、単に表面的な形式にとらわれることなく、個々の場合につき実質的に事業がどう営まれていたかを見きわめたうえで、決定せられなければならないことはいうまでもないところ、亡小沢半三郎がさいしよ前述の伐木を搬出する作業のため労務者となるにさいし、被告と直接に労働上の契約をしたものであることの認められる資料もなければ、同人が死亡した前述の日時に被告とさような契約の存する労務者であつたことを認めるに足る証拠もないのに反し、被告のがわでこれよりはやく山上宗一、山上筆太郎の両名に件の伐木を搬出する作業を被告から出石当り金三五〇円の対価を支払いボサ払に要する費用として金一〇、〇〇〇円を加算するほかは損益とも両名の計算に帰すべき条件で請負わせることとなつてから、亡小沢半三郎がまもなく山上宗一の承諾を得てそれの労務者となつたものであることを認めさせる資料の多いことからすれば、一見、被告はそれいらい事業主でなくなつたのではないかとみられるようなふしがないでもないが、他方で、これらの両名は、もつぱら小農を業とし自らの資金でさような事業をやりぬくだけの能力はなく、上記のとおり請負うにさいしても、伐木をまだ搬出しないまえからそれの準備として「きんま」道が作れたとき金一〇〇、〇〇〇円の前渡を受けるという了解をなりたたせたり、搬出をはじめてからも必要に応じ出石に対する支払の内渡を受けたりしていたというごとく、資金の面で被告に依存する度合が非常に高かつたのみならず、伐木の搬出ときつてもきれない重要な道具であるワイヤーを被告から無償で貸与を受けたり、「きんま」油を被告の名であつせんしてもらつたりしていたというごとく、資材の面でも被告ときわめて特殊な結びつきがあつたということと、被告においては、また前記のとおり山上宗一、山上筆太郎の両名に伐木の搬出を行わせることとなつてからも、自己の使用人をひきつづき現場ちかくに滞在させ、労務者ごとに出石を調査して伝票を交付させたり、現場に出むいて労務者を指図したり督励したりさせていたということを認めるに十分な証拠があるのみか、なお、被告のがわとしては前示のとおり山上宗一、山上筆太郎の両名と問題の伐木を搬出させる作業の対価を決定するにさいし、現地の慣行によると、「きんまひき」の賃金に出来高払の石当り金二二五円の割合による金一八〇、〇〇〇円ぜんごを要するほか、「きんま」の道作りの費用に金一〇〇、〇〇〇円(石当り金一二五円ぜんごに相当する。)を要することが知れるにおよび、両名に支払うべき対価の総額を前者の金一八〇、〇〇〇円ぜんごに後者を合計した金二八〇、〇〇〇円ぜんごであると予見しながら、かように算出したものを慣行どおり石当りに逆算する方式をとり、これの総額に伸縮の余地を残し、相手に利得する機会を与えようとしたものであつたが、両名のがわとしては、もともと、被告との折衝にあたり、同上の対価をさような方式で計算することになつても、これの総額を伸縮させて利得する余地のほとんどないにひとしいことを見越したものの(両名としては、「きんまひき」の賃金に石当り金二二五円を、「きんま」の道作りの人夫と資材に金一〇〇、〇〇〇円の実額をそれぞれ要するという見積であつたのである。)被告のがわでたまたま別口に謝礼をするように口約したのと、自ら労務者となれば前示のような賃金の得られるのとにあまんじて以上のとおり対価を決定したものであつたこと、ことばをかえれば、両名のがわとしては、問題の作業を完成させ約定の対価の支払をうけて利得することに目的を置くというよりも、同作業を進行させてゆくうちに特別の謝金又は賃金を得ることに重点を置いていたものであつたことの推しはかられる資料があるうえ、さらに、被告のほうでは、問題の災害のおこつた直後のこと、山上宗一、山上筆太郎の両名に、「被告がもし事業主であるとなれば、補償の額が高くなるから、両名で請負つたことにし、これを低めるようにほんそうしてもらいたい。」といいふくめ、原告と交渉させていたのに、職権にもとずく補償の実施に関する審査ないし仲才が行われはじめるとすぐこれを打切らせたというような事実のあることも資料によつて知られるのであつて、かような諸点からぎんみしてゆくと、問題の伐木の残り八〇〇石ばかりを搬出する作業の事業主というべきものは、実質上、やはり、とうしよ前掲の山林で立木を買入れ伐採することをもくろんだ被告であつて、形式上とちゆからそれの一部にしか過ぎない伐木の搬出を請負つたことになつている山上宗一、山上筆太郎の両名のごときは、ただ、被告の事業主としての経営にあらかじめ制限せられた範囲で参画したにとどまり、さような経営から独立した別個の事業主であるというまでにいたつていないものとするのを相当とし、亡小沢半三郎の使用者は、したがつて、被告であるとするのが実情に即した見方であるとせざるを得ないのである。(労働基準法第八条第六号は、法の適用せられるべき事業の範囲として、「植物の伐採の事業」のみをあげ、伐木を搬出する作業のごときは、同条第四号の「貨物を運送する事業」にいたらないかぎり、伐採の事業にふくまれるものとしているのである。)被告においては、(七)で、問題の伐木を搬出する作業なるものは、外部的にもまた内部的にも、山上宗一、山上筆太郎の両名に請負わせていたものであつて、亡小沢半三郎の使用者はこれらの両名であるかのように争うけれども、それの当を得ないものであることは、資料にてらし、すでに説示したとおりである。

(一九) 原告の(四)で主張することはどうか。

原告は、以上のとおりまちがいないとすれば、事業主である被告に対し、亡小沢半三郎の遺族ならびに葬祭を行うものとして、同人の平均賃金の一、〇〇〇日分に相当する遺族補償と同じく六〇日分に相当する葬祭料の支払を求め得るものとしなければならないこともちろんである。

そこで、同上の平均賃金の額はいくらであるかを調べてみるに、亡小沢半三郎が主張のとおり昭和二七年四月一七日主張の労務者となつてから同年六月一八日主張の業務上の災害が起るまでは三ケ月に満たない期間であつたが、同人はなお業務上足部に負傷し療養のため同年五月二三日から同年六月一日まで二〇日間を休業していることと、賃金が毎月一五日と末日に締切られ即時に支払われていたことは双方の間で争がないから、平均賃金を算定する基準とすべき期間は、昭和二七年四月一七日から最終に賃金の締切られた同年六月一五日までの六〇日間から前示の業務上休業した日数を引いた四〇日間とすべく、また同期間に支払われた賃金の総額は、実動の二四日間に搬出せられた伐木の材積の九二石四斗七升であることの知られる資料があることから、これに約束の金二二五円を乗じた金二〇、八〇五円七五銭となることが計数上めいりようであるがゆえに、平均賃金の額は、原告のいうとおり、金五二〇円一四銭(厘位以下は切捨てる。)でなければならないことになる。

被告においては、(八)で、亡小沢半三郎が前記の四〇日間に伐木を搬出した材積は九一石四斗七升をこえないものであることと、同人の得た賃金の総額を算出するには特約でみずから負担することとなつた「きんま」と附属の資材に要した費用の金一〇、四一三円七五銭を減ずべきであることをよりどころとし、問題の平均賃金の額は金二五四円一七銭でしかないもののように争うけれども、さようなよりどころのうち、前半の部分については、被告のほうで計算をまちがえたものであることが資料のうえからはつきりしているし、後半の部分については、一般的に労働者のがわで特殊な器具ないし附属の資材に要する費用をみずから負担して労務に服する場合の賃金が、使用者の支払う給与からさような費用を引いた差額であるとすべきかいなかは、職種別に個々の場合を案じて決しなければならないものであるところ、問題の伐木を搬出する作業の行われた地方で、「きんまひき」が出来高払の賃金をえらぶ場合には、ほとんど全部といつてよいくらい、同上のいわゆる「道具もち」の形式で労務に入るものといわれしかも、使用者との間では、これが著しく危険な作業に従う職種であることから、特殊な技能または経験を要するとし、給与を高額化させないよう抑制することに関心が払われるのみで、前示の費用のごときは当人の労働力の維持に要する費用のみに考慮せられながら、給与の額の決定せられるのが実状であつて、通念上も容認せられているとすれば、かような労働者が支払をうける給与は性質上それの全額が労務の対価としての性格をもつものと解すべきであろうから、被告の言分はついに採ることを得ないものとしなければならないのである。(昭和二二年一二月二七日労働省告示第八号の一般職種別賃金表には、土木建築業に関し、大工、左官、とび工、石工、土工人夫ほか五種、貨物運送業に関し、荷車ひき、荷馬車ひき、普通人夫ほか四種の賃金が定められているのであるが、これら労働者のなかには、「きんまひき」と同じく特殊の器具ないし附属の資材を必然に用いる職種があるにかかわらず、これに要する費用を自ら負担する特約つきで労務に服する場合とそうでない場合とにつき全く区別をもうけていないのである。)

原告は、さすれば、被告から遺族補償として金五二〇、一四〇円、葬祭料として金三一、二〇八円の二者をあわせ、金五五一、三四八円の支払をしてもらわなければならないことになるわけである。

(二〇) 原告の(五)で主張することはどうか。

原告が、しかるに、被告から、主張の日時に、遺族補償として金五〇、〇〇〇円と一九九、七二〇円を、葬祭料として金一三、六〇九円の支払をうけたことは自ら認めるところであるし、なお、被告から葬祭料として金九、〇〇〇円と四、三〇〇円を支払つていることは、証拠を調べたけつか、これを認めるに十分である。

被告においては、(九)で、同人が、問題の遺族補償として、上記に認められた金額いがいになお金二〇、〇〇〇円を支払つたほか、葬祭料として、原告が金一三、六〇九円の支払を得たという部分は別とし同じく上記に認められたのより金一、〇〇〇円だけよぶんに支払つているもののように争うので、案じてみるに、前者の金額が双方の間に授受せられたことは原告も認めるところであるけれども、同金員は、被告からさいしよ山上宗一に支払の託されたのが消費せられたのにかえ山上長蔵から某(災害補償の実施に関する調査を担当した労働基準監督官である。)を代理とし、遺族補償であることを示さないまま交付せられたといういきさつもあつて、原告のがわでは、これを受取るにさいし、当時亡小沢半三郎が前言したごとく業務上負傷し療養したことに対する休業補償も受けていなければ葬祭料の支払もすんでいなかつたおりからのこととて、某との間で順次これらの支払にひきあてることにしたこと、すなわち、原告のほうでは、さような休業補償として亡小沢半三郎が判示の労務者となつた初日から負傷にさきだち最近に賃金の締切られた昭和二十七年五月一五日までの二九日間のうち実働した一八日間に伐木六八石六斗四升を搬出し賃金一五、四四四円を得ていたことから算出した平均賃金五三二円、五五銭に一〇〇分の六〇を乗じたものの二〇日分に相当する金六、三九一円(円位以下は四捨五入する。)の支払を求め得べきものであつたから、受領の金員をまずこれの支払にふりあて、残りの金一三、六〇九円を葬祭料にふりむけることにしたものであることが証拠により認められ(休業補償のための平均賃金を算定するについては、休業者の得た賃金の総額を期間の総日数で除したものと実働の日数で除したものに一〇〇分の六〇を乗じたものとのうち、多額である前者のほうに従つたものである。)また後者の金一、〇〇〇円は、被告のがわではじめ山上宗一に金一〇、〇〇〇円の支払を託したにかかわらず、内金九、〇〇〇円のみが原告に交付せられ残りの金一、〇〇〇円はついに原告に交付せられなかつたものであることが資料を通じて知られるから、被告の言分はこれまた斥けざるを得ないのである。

(二一) 原告の(六)で主張することはどうか。

被告は、果して上来のとおりだとすると、原告に対し、前項で認定した遺族補償の残りの金二七〇、四二〇円と葬祭料の残りの金四、二九九円と両者をあわせて金二七四、七一九円を支払わなければならないとともに、同金額に対する昭和二九年七月八日、すなわち被告に訴状のとどいた次日であることの記録上あきらかな日時から完済となるまでの年五分(民法に定めている。)の損害をも支払うべき義務を負うものと断じなければならないのである。

そこで、原告の請求は、以上の限度でのみ正当として認容すべきであるけれども、これを超える部分は失当として棄却すべきものとし、訴訟の費用は、内金二四五円を原告に負担させ、残りの部分を被告に負担させることとしたうえ、なお、原告の申立により、本判決については原告の勝つた部分にかぎり仮執行することを許容すべきものとするとともに、被告のがわから仮執行をまぬがれることを得べきことの宣言を求めているのに対しては、事案の性質にてらし、(労働基準法施行規則第四七条第二項で、「遺族補償および葬祭料は、労働者の死亡したのちちたいなく支払わなければならない。」ものとし、同法第一一九条第一号で、「遺族補償または葬祭料の支払を怠つた使用者に六月以下の懲役または五、〇〇〇円以下の罰金を科す」べきものとしているのは、これらの支払が本質上まことに急を要するものであることを示しているものというべきである。)これを却下することとしたしだいである。

(裁判官 松本正一)

附記

本判決は、

(い) 原告のがわで用意した証拠のうち、甲第二ないし第七号証、第九号証の一ないし二五、第一〇ないし第一三号証、の記載、証人山上宗一(第一回)山上筆太郎の証言と鑑定人小西忠雄の供述。

(ろ) 被告のがわが用意した証拠のうち、乙第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一、二、第五ないし第一一号証、第一三号証、第二二、第二三号証の記載と、証人山上宗一(第一、二回)山上筆太郎、河原林茂雄、川向清一、手塚勇松、歳本千代三郎、瀬戸節夫の証言。

を十分にぎんみし、判示にそわない部分を排除したうえ、弁論の趣旨をしんしやくしてなされたものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例